「ビールと日本人の距離を縮めたい。日常を忘れ、屈託なく笑えるビヤホールをつくりたい。」そんな想いで誕生したのが、サッポログループの外食企業・サッポロライオンが運営する「銀座ライオン」です。
ビールの力を信じてきた私たちサッポロの、ビヤホール120余年の乾杯の歴史をご紹介します。
店内はそれまでの居酒屋とは異なり、入口左側にカウンターを設け、ニッケル製のビールスタンドを設置。床はリノリウム張り、イスやテーブルはビールの樽材でつくられるなど、明治期を代表する近代建築の第一人者妻木頼黄つまきよりなかによってデザインされた、当時としては極めてモダンな内装でした。
当時は、蕎麦(もり・かけ)1銭8厘、コーヒー2銭、日本酒(上酒)1升25銭2厘で販売される中、ビール500mlは10銭とまだまだ高級な時代でしたが、開店初日225リットル、2日目245リットル、3日目450リットルを売る好調さで非常に繁盛し、常に満員御礼、毎日売切れの立札をするほどでした。
煉瓦造り2階建ての2階部分、わずか40坪ほどの店舗でしたが、開店1週間もたつと1日1,000リットルも売れる日もあり、1日の来客数は平均800人に達しました。遠方から馬車で訪れる人もいたそうです。
宣伝目的のビヤホールは、売上げも好調で商売にもなるという一石二鳥の成果がありました。
その後、日本麦酒・札幌麦酒・大阪麦酒の3社が合併して誕生した大日本麦酒が、1918(大正7)年、現在の東京・銀座7丁目に「銀座ビヤホール」を開店しました。
当時の社長・馬越恭平は、この「銀座ビヤホール」を1階に構える、立派な本社ビルの建設を企てます。「銀座ビヤホール」をはじめとする当時のビヤホールは内装こそ有名な画家に絵を描かせるなどして豪華な雰囲気を出していたものの、建物自体は簡素なバラック建築がほとんどでした。馬越は、こうした状況を一新し、もっと豪華な“ビールの殿堂”となるビヤホールを造ろうと考えていたのです。
ある日、馬越は芸者たちと食事をするため新橋保全会社の新しいビル(通称「新橋見番」(注1))の地下にある「マユラ」というレストランを訪れ感嘆します。これを設計したのが、菅原栄蔵すがわらえいぞうという建築家でした。
菅原栄蔵は、帝国ホテルを建てたフランク・ロイド・ライトの作風を継ぐ新進の建築家で、見番を手掛けたのは38歳。建築のなかに芸術を取り入れることを意識しており、それが具現化された見番に馬越は感心し、新たな「銀座ビヤホール」の設計を菅原に依頼したのです。
そうして1933(昭和8)年2月、1階がビヤホール、2~5階が大日本麦酒の本社事務所となるビルが着工し、14か月後の1934(昭和9)年4月8日に竣工。4月26日にビヤホールが開店しました。これが、現在も営業を続けている「ビヤホールライオン 銀座七丁目店」です。
ビヤホールライオン 銀座七丁目店の内装のテーマは「豊穣と収穫」――設計を依頼された菅原栄蔵が、馬越恭平のビヤホール哲学を何度もきかされたどり着いたものでした。
ビヤホールは、日本人とビールの距離を縮めるために作ったもの。だからこそビールを最もおいしくする場所がビヤホールでなくてはならないが、ビールをおいしく注ぐだけではいけない。そこに集う人々が心を開き、日常を忘れて屈託なく笑える、明るい明日を語り合える、それこそがビールの力であり、ビヤホールはそういう場所であってほしいと、馬越から言われていたそうです。
ビールをはじめとする「西洋がもたらした文明の豊かさ」と「心の豊かさ」に、銀座という場所で、ビールとともに浸れる空間となるよう設計したのでした。
1934(昭和9)年4月26日に華々しく開店したビヤホールですが、肺を患った馬越は1933(昭和8)年4月20日に逝去。残念ながらその目で見ることは叶いませんでした。
「天下一の建物に。後世まで残る日本を代表するビヤホールに」と馬越や菅原、ビールの力を信じる人たちの想いが込められ作られた、「豊穣と収穫」がコンセプトのビヤホールには、随所に豊かな実りを感じさせる大麦や葡萄をモチーフとした装飾が施されています。その歴史と風格を感じる雰囲気はまるで教会のよう。
店内には大小あわせて12のガラスモザイク壁画があり、なかでもひときわ目を引く正面の大型モザイク壁画は、すべて日本人の手によって作られたガラスモザイク壁画として本邦初とされています。
そこにはビール大麦を収穫する女性たちや、たわわに実った葡萄、中央には愛や平和を象徴する「アカンサスの花」が描かれています。そして、右下に咲く「トリトマ」は、日本初のビヤホールが生まれた8月4日の誕生花です。
壁画から店内に目を移すと、赤レンガのような退紅色の壁は「豊かな実りをはぐくむ大地」をイメージし、ホールの左右に並ぶ深緑色のタイルと天井に伸びる矢じり型の装飾からなる太い柱は「大麦」を表現。さらにはビールの泡をイメージした水玉模様の照明や、葡萄の房をモチーフにしたシャンデリアが店内を照らし、「豊穣と収穫」というテーマが隅々にまで行き渡っています。
厨房機器など一部は時代に合わせ改良されていますが、内装の殆どは創建当時の姿のまま。90年以上もの間、時代を超えて多くのお客様から愛され続け、今もなお元気に営業を続けています。
2022年2月17日には、1階のビヤホールを含む「銀座ライオンビル」が国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。建造物としての価値に加え、銀座の歴史を伝える歴史的な価値も評価された結果だと思います。
「ビヤホールの日」は、サッポロライオンが1999年に創業100周年を迎えたことを機に、創業日である8月4日を“日本に初めてビヤホールが誕生した記念日”として制定し、日本記念日協会に正式に認定された記念日です。
ビヤホールとともに歩んだ銀座ライオン(サッポロライオン)は、創業以来「JOY OF LIVING(生きている喜び)」を感じていただける外食体験の場としてご愛顧いただき、本年(2025年)で126周年を迎えます。
8月4日、あなたも126年の歴史で生まれた数多くの乾杯に思いを馳せながら、ビヤホールでビールの力を体感しませんか。
(注1)新橋芸者の本拠地。芸者の手配や稽古を行う場所。
(注2)「西洋衣食住」/『福澤諭吉全集』所収
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